![]() |
![]() |
![]() |
| 浙江省は中国沿海の東南部、長江三角州の南側にあり、「魚米の郷、文化の邦、シルク及び茶の里、観光の勝地」と古くから言われるとおり、海の幸、山の幸に恵まれ、物資の豊富なところ。中国で島が最も多く、海岸線が最も長い省。舟山島は中国で四番目に大きな島である。面積は十万平方キロ余り、「七山一水二畑」と言われるように、山地と丘陵が70%を占めている。地勢は西南から東北に傾斜し、主な河川はいずれも東へ流れて、東海に注ぐ。浙江省の地名は、省内最大の川、銭塘江(別称浙江)に因んで付けられたものであり、北は上海市、江蘇省、西は江西省、南は福建省に接する。人口は4,700万人余り、中国東南沿海における重要な経済的地位を占めている。 |
![]() |
|
| 銭塘江の下流、京杭大運河の南端に位置する長江三角州の重要な都市である杭州は中国東南部の交通の要衝、また歴史や文化に富む景勝の都市でもある。13世紀のイタリアの旅行家マルコ・ポー口も「世界で最も豪華・富裕な天上の都市」と讃えている。杭州は中華文明発祥の地の一つで、4700年余り前にすでに人類はここに生息し文明の曙と言われる良渚文化を創り出している。秦の時代に県が設けられてから既に2200年の歳月が経ち、かつて五代の呉越国と南宋の首都であり、中国七大古都の一つに数えられている。雨水に恵まれ、杭州を活性化させている湖や河川めぐりは人気コースである。このほかに数千年の文化の蓄積で杭州は多くの人文科学の博物館を持ち、伝説や戯曲などが次々と生まれ、尽きせぬ至高の料理、無尽蔵のシルクや龍井茶、杭白菊といった特産品など、本当に最高の憩いの場所と言ってよい。 | |
| 西湖(シーフー) 杭州といえば、西湖。昔から西湖の風光は、多くの文人雅士を傾倒させてきた。乾隆帝の風流遺文、白居易や蘇東坡の詩詞。蘇小小の愛情物語、紺碧の空に映える白雲、たなびく水煙、枝垂れる楊柳、山を映した西湖に夕日が沈む「斜陽天接水Iは絶景で、名画の世界、名文の世界を自ら体験できる。西湖を体験した人はみな、西湖の風景は変化に富み、訪れるたびに新たな驚きが発見されるという。まさに蘇東坡の「西湖を西子(西施)に比さんと欲すれば、淡粧濃抹総べてあい宜し」のようである。 |
|
| 雷峰塔(レイフォンター) 2003年に雷峰塔が新しく落成し、西湖南線もモダンな姿に変りました。ここは西湖十景のひとつ、「雷峰夕照」を見るのに最高のアングル。斜陽は一筋の細い線となり、塔は黄金に輝く、それを湖面に映す倒影、これがまるで白娘娘が許仙との心を打たれる恋愛を語りかけるようである。新装の雷峰塔は古典美と現代美を融合し、鉄筋の骨組み、銅の瓦屋根で、荘厳で高く聾えている。窓のひさしのデザインも優美であり、高さ61.9mの五層立ては、西湖岸の最高点。西湖の全貌を眼下にするのに最適な場所である。 |
|
| 霊隠寺(リンインスー) 東晋時代、ここを訪れたインドの僧侶が、奇峰怪石が雲霧の切れ間にのぞく、山紫水明のこの地は、天竺国の聖山・霊鷲山と同じだと気付かれて、この山を飛来峰と名付け、因んで寺を開き霊隠寺と命名した。霊隠寺は中国十大名刹のひとっ、信徒の問に「普陀山にゆく前に霊隠寺に寄れ」という説が広まる。背後は高山、正面には、天竺国から飛んできた飛来峰、周囲を一筋の清流に囲まれ、仏道(法門)の気勢を重視する他の寺院とは異なる。 |
|
| 千島湖(チェンタォフー) 千島湖は天然の湖ではなく、新安江貯水ダムを建設する時にできた人工湖。湖が最高水位に達した時の島の数が1,087個であることから、千島湖と名付けられた。千島湖は、杭州と黄山の中間、それぞれからI50kmを隔てている。この旅行人気ラインに燦然と輝く“真珠"ともいわれている。森林、島、湖の三者で織り成された景勝地であり、緑に覆われて、そのうちの森林は93%を占めている。 |
|
| 寧紹平原の東端、古くて新しい港湾都市である寧波の略称は「甬」。七千年前には河姆渡新石器文化があった。歴史上、中国対外貿易の重要な港。唐、宋時代にはすでに三大貿易港のひとつと称され、海のシルクロードの出発点だった。また、アヘン戦争後に開港した「五口通商」のひとつでもある。寧波には特産品が多い。刺繍の歴史は長く、金銀繍が特に見事で、地方の民間工芸の風格が強く備わっている。伝統工芸のひとつ、紫檀の木に骨を嵌め込むモザイクは朝廷に納められていた。 |
| 奉化渓口風景区(フォンファシーコウフォンチンクー) 「大詩人・陶淵明が著した桃化源記にいう桃花源は渓口のこと」、また、「宋の仁宗が夢に見た美しい山水は雪竇山のこと」など、渓口の景勝についての伝説は枚挙にいとまがない。多くの歴史上の名士がその美を讃えてきたばかりでなく、風水上も理想的な土地であることも見逃せず、そのため、この渓口景勝は世に知られるようになった。渓口の観光地は「雪竇景勝区」と「渓口古鎮景勝区」に分かれる。前者は深山幽谷の景勝地と名高い古刹、後者は、近代史上有名な蒋介心の故居。訪れる人々には白然風光も楽しめるし、往時の名士の生活雰囲気も体験できる。 |
| 天一閣(ティエンイーコー) 寧波市内の西にある天一閣は、明の嘉靖年問(1522〜1566年)に、明代兵部右侍郎である范欽の蔵書楼であり、目下中国で最も古い蔵書楼で、「天一生水、六地成之」ということで、天一閻と名付けられたという。本は火災を恐れるので、「天一で湧き出た水」その水で火に勝っという意である。現在の天一閣は、蔵書、園林、麻雀など、寧波特色を色濃く反映した専業博物館になっている。 |
|
| 浙江省南部の経済、文化、交通の中心、中国でも重要な貿易港である温州は、華僑の故郷としても有名。域内に山々重なり合う、奇岩と瀑布、清らかな渓流に竹筏が悠然と棹差す景観は絶景である。雁蕩山と楠渓江は国家クラスの風景名勝区である。温州人は中国のユダヤ人とも呼ばれ、カネの動く所には必ず温州人がいる。「温州スタイル」は今の中国で最もホットな研究テーマになっている。 |
| 雁蕩山(イェンタンシャン) 雁蕩山は一億二千万年前の造山運動で火山の爆発で溶岩が噴出してできたものであり、その噴出した溶岩は酸性の火山岩地形に堆積され、奇穴、屏嶂、石柱、鍾乳洞、瀑布、碧潭を形成した。内外の地質一学者から「天然の博物館」と讃えられている。雁蕩山は、霊峰、霊岩、大龍湫の三景区に分かれて「雁蕩三絶」となった。話によると以前山頂の湖に雁が住み着き、列を成し、群を成して湖面を飛翔していた。古くは湖のことを「蕩」と呼んでいた、それで雁蕩山の名になった、という。 |
| 楠渓江(ナンシーチアン) 楠渓江は全長145km、地勢に沿って北から南に流れる。その清らか水は年中絶えることなく流れ、両岸の山景は、晴天の時、蒼翠美麗、陰雨の時、雲霧たなびく。いずれも絶景である。楠渓江は、大若岩、沿岸の農村文化、四海山、北坑、水岩の七大景勝区に分かれ、そのうち楠渓江の筏下りは言語に絶する。 |
|
| 太湖の傍ら、「絲綢の府、魚米の郷、文物の邦」と呼ばれる湖州市は、東北に広々とした太湖、東南にあぜ道が縦横に走る沃野が開け、西南から北にかけて山に抱かれる。湖州は江南シルクの主要産地であり、ここの絹織物は国内のみならず、シルクロードを通じて「湖州シルクは天下一」の名声を馳せた。そのほかに、文房四宝での筆の最高に列せられる湖筆の産地でもある。 |
| 南潯古鎮(ナンシュンクーチェン) 南潯は千年近くの歴史をもつ。ここに産する「輯串絹」は天下に名を馳せ、明の万暦年代から清の中期にかけてがその最盛期。「耕桑の富、甲於浙右(米、シルクの富は浙西が第一である。)と言われ、輯里絹の発達は、小さな街の発展と豪商を生んだ。江南でも一、二を争う繁栄ぶりは「江南園林誌」にも記載されている。嘉業堂蔵書楼、小蓮荘、張石銘旧宅、張静江故居等の建築に、この街の古の栄華を覗くことができる。 |
| 安吉竹博園(アンチーチューポユエン) 湖州市西南部の安吉県は中国第一の竹の故郷、竹博園は世界最大の竹のテーマパーク、面積600アール、300種類以上の竹を集め、植栽している。鬱蒼とした竹林に江南風情あふれる亭閣、仮山、湖水を散りばめている。ここには中国で唯一の竹業博物館があり、中国6000年の竹文化を濃縮した竹の工芸品の数々が紹介されている。 |
|
| 長江三角州と中国沿岸の経済ベルト地帯の中心で、活気に満ちている嘉興は、上海、江蘇、浙江の境界にあり、上海から一番近い都市。嘉興の歴史は長く、隋唐から宋・元代にかけて次第にこの一帯の経済の中心となり、商買が集い、墨客を輩出した。唐の詩人の頤況、元代の画家の呉鎮、清初の詩壇の領袖の朱彝尊、現代文学の巨匠の茅盾、画家の豊子ト、詩人の徐志摩、高僧弘一法師はいずれも嘉興地方出身である。 |
| 西塘(シータン) 西塘は、伍子胥が水利の業を行ったため有名になって胥塘とも称された。西塘で興味が尽きないのは「橋が多い、横丁が多い、アーケードが多い」ということであり、1kuの街中に石橋が27、横丁が122、建物につらなったひさしの長さは合計1,000mに及ぶ。江南瓦当陳列館、ボタンの博物館、張正根彫博物館、江南明清民居木彫陳列館、黄酒陳列館といった民俗博物館が、小さな街に林立している。 |
| 烏鎮(ウーチェン) 烏鎮は昔から水路で蘇州、杭州と結ばれ、北京から杭州までの大運河にも繋がっている。街中を縦横にめぐる水路、石橋、高壁、水閣といった江南水郷の名残を今でも味わうことができる。文化の蓄積も豊富な烏鎮には、伝統製品や民俗風習が多く残っている。藍染、太白酒、影絵芝居のほかに、ここの姑嫂餅、餅青団子も有名。文豪茅盾の故居も一見する価値のあるところである。 |
|
| 紹興は2400年の歴史を誇る著名な水郷、石橋、名酒、書道、そして名士輩出の郷。町中至る所の湖水、縦横に走る水路を進む小舟の姿も絶えず、石橋で結んだ両岸。近代の文豪の魯迅、革命烈士の秋瑾も紹興の出身である。黒苫の小舟、真っ黒のフェルト帽子に代表される氷郷風情は、紹興の老酒と同様に忘れ難い味わいがある。 |
| 蘭亭(ランティン) 蘭亭は紹興の西南、蘭渚山の麓にある。古くは春秋時代、越王勾践がここに蘭草を植えたが、本当に有名になったのは漢代の繹亭の修築からであろう。蘭亭を観光するにはまず「一序、三碑、八景」。一序は「蘭亭序」、三碑は「鵝池碑、蘭亭碑、御碑」、八景は「鵝池、曲水流觴(曲水の宴)、流觴亭、御碑亭、臨池十八缸、王右軍祠、書道博物館」とそれぞれをさしている。 |
| 柯岩(コーイェン) 柯岩の岩石では一番有名なのは、その中央にある一対の石柱である。西側の弥勒石仏は高さ20.8m、明らかに唐代風の雄渾な彫刻で、堤の上に屹立している。その前には長さ30m、幅20mの参拝台があり、44個の青石でできている。もうひとつは雲石、上が広く下が狭い、高さ30mあまり、底部の最も狭い部分は1mにも満たず、どこから見ても心を揺すぶるほどの驚きで、北宋の書家・米?が数日にわたって立ち去るに忍びなかったのも頷けるはずである。 |
|
| 「水は南国三千里に通じ、気勢は江城十四州を圧する」と、これは女性詩人の李清照が、金華の地理的な重要性と雄大な気勢を詠んだ詩である。金華は歴史上学問が盛んで、書院次々と興り、名士を輩出したことから昔から「小鄒魯」(孔子、孟子の故郷である鄒と魯)の称があった。初唐四傑の一人である駱賓王、五代の詩僧、画家の貫休、宋代抗金名将の宗澤、南宋の浙東学派代表者の呂祖謙と陳亮、金及び元四大名医の一人である朱丹渓、明朝開国文官の宋濂、清代戯曲家の李漁などがいずれも金華出身である。金華ハム、東陽の木彫り、義鳥の棗、金糸棗、金華の仏手柑、宣平の蓮の実、これらはすべて金華伝統の名物。 |
| 横店影視城(ホンティエンインシーチョン) 東方のハリウッドとも呼ばれる横店影視城(映画村)は、広州街、香港街、秦王宮、清明上河図、明清街、古民居、明清宮苑、円明園、横店街、江南水郷等を擁する撮影基地である。秦王宮は陳凱歌の名作「荊軻刺秦王」の主な撮影場所。前広場、中宿門、主宮、後広場から燕国華陽台まで、大型な建物が二十七セットある。「江南水郷」というのは横店グループが最近建造した撮影所で、馬頭壁、川の流れ、小橋、牌坊(屋根付きの大鳥居)などがバランスよく設置され、撮影愛好家にとっては最高の撮影場所である。 |
| 諸葛八卦村(チューコーパークァッン) 三国志で有名な諸葛孔明の末裔の五行八卦の思想により建てられたもので、村中至る所に地相の知恵が生かされている。村全体が九宮八卦に従い構成され、鐘池を中心にして八本の道が外へ向かって延びていく、これを俗に言えば内八卦。外は八つの小山が村を外界から遮断し、これが即ち外八卦。その隠蔽性と防衛性の強い設計により日本軍の侵攻や北軍の軍伐といった戦乱を幸運にも避けられたのである。 |
|
| 浙江省西部、銭塘江の上流に位置する、経済の発達した沿海部と内陸部を結ぶ要衝で、浙江、江西、福建、安徽各省への門戸、もとより「四省衢に通じ、五路の頭」と言われるほど、歴代の兵家が必死に争う要衝であった。地勢は南、北、西部が高く、中部と東部が低い。中部は浙江省最大の盆地・金衢州盆地、西から東に向けて広がる。古文化と山景が旅行の特色。 |
| 南宗孔廟(ナンゾンコンミャオ) 中国には孔子を祀る廟が二ヶ所ある。北宗は山東省曲阜、南宗が浙江省衢州。衢州孔廟は歴史の変遷に伴って、幾度か改築された。2000年7月から新しくできた孔廟、孔宅、孔府花園の三部分を開放し、孔廟の新生を図って、いろいろの新しい工夫が施されている。孔宅を例として言えば、応接間に役人の冠型椅子を配し、参観者が休憩できるばかりでなく、かつての重苦しい雰開気を和らげている。応接間後方の中庭には露天の池を造り、その池のほとりの花園でお茶を飲みながら花や魚を観賞できる。こういった配置は多くの孔廟のなかでも独特の風格を備えている。 |
| 龍游石窟(ロンヨウシークゥー) 底無しの池から水を吸い取って出てきたのが、巨大な石窟群、洞窟の面積は数百平方メートルから数千平方メートルまで、場所によって異なる。龍遊石窟が一般の石窟と違う点が三つある。ひとつは、地下にあるため夏は涼しく冬は暖かい。二つめは、石窟内は具象的な人物、神像ではなく、すべて抽象的な紋様であること。三つめは、洞窟どうしがつながっていない。現在でも龍遊石窟には多くの謎が残されている。 |
|
| 浙江東部、長江、銭塘江、甬江か海に注ぐところに位置する舟山は長江三角州の海上の門戸であり、中国最大の群島で、舟山、普陀山、六横山等を含む千に近い島で構成されており、「漁、港、景、仏教文化」で独特の景観を見せている。舟山漁場は、気候、水質、水流条件に恵まれた中国近海最大の漁場で、海産物の一大集散地。そのうち沈家門は最大の漁港であり、塩の主産地でもある。真珠貝の彫刻と貝殻の細工は最もこの地方の特色のある工芸品である。 |
| 沈家門漁港(シェンチアメン・ユーカン) 広大な大陸棚と海流が交わるので、舟山群島は従来中国で最も重要な漁港だ。東南端にある漁獲物集散地の沈家門は、地の利も得て、海産物は量が豊富ばかりでなく味も他と違って特に新鮮美味である。太刀魚、烏賊、石持、ヒイラギが舟山漁場のメインで、最も新鮮な海産物を取り揃えて客層をひき付け、休日には人でごった返す。 |
| 普陀山(プートウオシャン) 秦時代には既にここで修行を行った者がいたことが、史書に記載されている。唐代に天竺から僧が仏灯を点しに来た。後梁貞明2年(916年)、日本人僧の慧鍔がここに「不肯去観音院」を建て、普陀山に仏門を開いたという。普陀山は、五台山、峨嵋山、九華山と並んで中国仏教の四大名山で、観世音菩薩道場である。従って、旧暦の2月19日(誕生日)、6月19日(得度の日)、9月19日(出家した日)の三大法会には、参拝に訪れる信者はあとをたたない。なかでも普済禅寺、法雨禅寺、慧済禅寺は普陀山の三大名刹となって、寺には煙たちこめ、線香の火も絶えることがない。 |
|
| 浙江東部は新しい観光地区、広い海辺と奇秀な山岳、そして歴史文化遺跡を加えた景観は人々を魅了する。台州といえば天台山。天台宗の発祥地というばかりでなく、しかも済公大禅師の故郷。従って、天台宗の聖地「国清寺」、「済公院」は必ず見学すべきところ、明代の地理学者徐霞客が惹かれて三回も訪れたことのある「石?飛瀑景勝区」という景観はおのずとそれなりの魅力がある。 |
| 天台山石梁飛瀑(ティエンタイシャン シーリャンフェイプー) 「石梁」は花崗岩でできた天然の石橋、長さ約7m、厚さ2m、橋の幅はlmにも満たない。「飛瀑」その滝が折れを三回経てから、40mの岩壁から気狂うように飛び落ちる。その様は、さながら雪崩のよう、轟音は雷鳴の如きである。明代の地理学者である徐霞客は、この驚愕させる石?橋を渡ったことがあるという。 |
| 臨海江南長城(リンハイ・チアンナン・チャンチョン) 城壁の建設は晋朝に始まるが、長城の規模に達するのは明代に入ってのこと。当時は霊江河がよく氾濫し、束海では倭寇が跋扈していたため、名将・戚継光は延々6qにわたる長城を築いた。この長城の修築時問は、北京の長城よりも早くできたという。この「江南の長城」は山に寄り築かれ、山の下に川があり、河は町を囲むという、山と川と町とが融和し、「青山が城に入り、江水が郭をめぐる」という独特の景観を構成されている。 |
|
| 甌江の中流、福建省と境になっている麗水は、浙江省で面積が最大で、人口が最も稀薄な地区である。秀麗な山水、美しい田園、古跡も多く、シェー族独特の民族風情も満喫できるところ。龍泉の鳳陽山、慶元の百祖山、遂昌の九龍山等の自然保護区は風光明媚で、縉雲仙都の鼎湖峰と鉄城、青田の石門洞、麗水の通済堰、松陽の延慶寺塔など、人文景観と自然景観が入り混じている。工芸美術に於いては、龍泉の宝剣と青磁、青田の石彫りは古来からその名を内外に馳せている。 |
| 仙都(シェントウー) 仙都風景区は、岩峰山水の観賞と黄帝文官礼拝を特色としている。観光地区は鼎湖峰を中心に広がっていく。鼎湖峰は高さ、形が独特のため、麗水地区では最も人気のある景観。地質学者によると、鼎湖峰も雁蕩山と同じように一億年前の溶岩が堆積してできたもので、雄渾かつ秀麗な山水の美を兼備している。 |
| 黄帝祠宇(ホァデイーツーユー) 「左伝」、「史記」によると縉雲は黄帝と多くの関係を持つようである。ほかの民問伝説では黄帝がかつて鼎湖峰の頂上で煉丹したことがあるとされ、縉雲は南方黄帝文化の重鎮と見なされている。黄帝祠は鼎湖峰と歩虚山の中間にある。殿堂の名称は時代ごとに変遷していた。今の黄帝祠はI998年に修築されたもの。唐風の建築様式で、大殿内の黄帝像は樟の木の彫刻、高さ12.5mで、12億5千万の炎黄子孫が象徴されているようである。 |