水郷古鎮巡り浙江

 
浙江古鎮は殆ど揚子江のデルタ地帯と浙江省南部の丘陵地帯に分布しています。古来より肥沃な大地を糧に農業が栄え、網の目のように張り巡らされた無数の水路は流通を促進し、紡ぎ出される富みをもとに街は賑わいに溢れ、多くの文豪・詩人・政治家を生み出す源ともなりました。千年来、民居が川に臨んで築かれ、市が橋に従って設けられました。水郷のゆったりとした趣は典型的な江南の風情をなしています。浙江省中部の民居の建築風格は浙派の特徴が目立ち、レンガ、木と石の彫刻技術が優れ、豪華で上品に造られています。これらの古村と民家の建築物は観光地だけでなく、学術研究の価値もあるので、観光資源でありながら貴重な歴史文物でもあります。楠渓江の古村集落は緩やかに流れ澄んだ川とその左右の木の茂った山々の中に点在し、桃源郷の情緒を余すことなく満喫できます。

庶民の生活を味わえる水郷古鎮
キラメク漣に古風な石橋、何百年もの歳月に絶え延々と延びる黒ずんだ白壁の民家・・・江南の水郷古鎮は古い町並みと豊かな自然に包まれ、落ち着いた雰囲気があります。水郷で石畳の小道を歩き、草や花の香りがする新鮮な空気を吸い、目に入ってくるのは田舎のおばあさんの素朴な笑顔、聞こえてくるのは柔らかな方言です。時間の流れがここに止まり、旅人のそわそわしていた気持ちが澄み切り、暖かい落ち着く所に辿りついたように安堵する所在です。
 


西塘(せいとう)
以前は斜塘と呼ばれていました。浙江省嘉興嘉善県の北部に位置し、上海市、江蘇省と浙江省の連接部にあたります。その昔春秋戦国時代には呉国と越国が戦った境で、「呉根越角」と呼ばれ、昔から物産豊富なところでした。旧市街区の敷地面積は約100万平方メートルで、明清時代の建物が数多く保存されています。その数の多さ、面積の広さ及び独特な風格は中国でも指折りのものです。中でも一番有名なのは、長さ1,000メートルもある古風純朴な煙雨長廊です。今、西塘は華東地方の観光地のひとつになっている。
 
前童(ぜんどう)
寧波寧海県城の南西14キロのところにあります。明代の初期に、童伯礼氏が前後二回も方孝嬬氏と、石鏡精舎にて講演を開き、共に詩礼名家の基礎を定めました。その後、歴代に渡り、「引水植樹、環境を美化、耕読善隣、後代を教育する」との訓令に従い、「小橋流水はいたるところにな庭が散在し、卵巷古院は古典囎カを蔵する」という古代文化風格が形成されました。今は明経宅、上堂屋、五福臨門、好義堂、民俗博物館、鹿山、石鏡山、徐霞客古桟道等の見所が残っています。浙江省東部で儒家文化伝統が一番よく保存されている古鎮(古い街)です。
 
安昌(あんしょう)
安昌古鎮の南は柯橋に接し、北は杭州―寧波の高速道路のすぐ隣まで延びていて、千年の歴史を持っている典型的な江南の水郷古鎮です。現存の老街(舊市街)は明代に建てられました。中でも一番特色のある安昌清老街は川に臨んだ全長1,747メートルの街で、古風典雅な水郷の特色を持ち合わせ、昔から「壁水は町の千万居を貫き、彩虹の如き十七の橋が河を跨る」と詩句に歌われてきました。安昌古鎮には紹興千年余りの民俗風情が残されています。
   
烏鎮(うちん)
桐郷の烏鎮は唐代咸通年間(西暦860〜873年)に鎮として設置され、既に1,300年以上の歴史をもっており、中国の著名な現代文学家である茅盾先生の出身地でもあります。烏鎮は杭嘉湖平野の北部に位置し、古代から二省、三府、七県境の地で、水陸の要衝でした。烏鎮の民居は清末民国初期の特徴がしており、悠久な歴史文化を反映した旧跡名所がたくさんあります。唐代の銀杏、昭明太子読書処、修真観劇台などの見所は皆江南水郷特有の巧みな建築風格を持ち、当地指折りの人文観光地です。
 
 
   
南潯(なんじゅん)
南潯は湖州の東部に位置し、江蘇省の呉江県と境を接しています。明清時代から典型的江南水郷名鎮となり、既に740年余りの歴史を持っています。南潯には江南園林が多く、現存しているのは嘉業堂、書楼、劉氏小蓮荘、陳氏穎園と張氏適園、及び完全に保存されている。「江南第一古民宅」と呼ばれる張石銘舊居、江南ではごく珍しい川沿い民居建築群「百間楼」、美しい物語の舞台である「南潯三古橋」の通津橋、洪済橋や広恵橋などがあり、中国の伝統的な園林文化の真髄の現れです。
 
 

諸葛八卦村(しょかつはっけそん)
蘭渓市の北西18キロの所にあり、建徳市の大慈岩景勝地と隣接しています。村には古い建築物や民家が立ち並び、昔から文人を輩出し、中国最大の諸葛孔明の後代密集住居地です。一番の特色は村全体が諸葛孔明の九宮八卦陣で配置され、小さな池を中心に八方に小徑が延び、到る所に脇道と民家の門戸が林立していることです。盤よりも細かく、道が通じているかどうかもさっぱりわからず、よそ者はすぐに迷子になる、その巧みな配置思想は中国の建築史や文化史上の奇跡ともいえます。

龍門(りゅうもん)
龍門古鎮は富春江の南岸に位置しています。東漢時代の文学家厳子陵がここを遊覧し、「山紫水明で、中原龍門にも勝る」と絶賛したことで龍門と名付けられました。龍門古鎮はその古さで名を馳せています。今でもたくさんの明清時代の建築物が保存されていて、各建築物群の間は卵石畳の小徑にて繋がり、小徑は四方八方に通じています。「大雨の日に村全体を廻っても靴は濡れない」といわれています。村の90%以上の住民は三国時代東呉孫権の後世で、中国古代宗族集中居住の典型的な例です。
 
廿八都(じゅうはっと)
廿八都は浙江省、福建省、江西省の境界仙霞嶺の南麓に位置し、昔から「浙江省の南西大門」と呼ばれています。北宋時代煕寧4年(西暦1071年)には、江山に四十四の都が設置され、ここは二十八番に排列されたので、「廿八都」と名づけられました。既に900年余りの歴史があります。よく保存されている規模の大きい明清時代の古建築民居、廟堂などは36箇所あり、中でも特に有名なのは孔子廟、東岳廟、文昌閣などです。廿八都の山紫水明の景色は明代の旅行家徐霞客から時の文学家郁達夫、撮影家郎静山まで、たくさんの文人墨客を魅了してきました。江南地方では有数な歴史文化の名所です。
 
蒼坡村(そうはそん)
蒼坡村は温州岩頭鎮の北、仙清道路の西側に位置しています。現存している蒼坡村は南宋淳煕5年(西暦178年)皇帝李嵩が国師李嵩曰に設計企画してもらったものです。村全体の配置は中国の伝統的な「文房四宝」をテーマとし、村の右側にある筆かけ山に準じて煉瓦畳のメインストリートは「筆」、5メートルもの長いほっそりした石が「墨」に、東西二つの池を「硯」に。そして卵石畳の塀で村を方形に囲み一枚の「紙」になります。この村の設計理念は宋代社会文化の一大特徴―耕読思想の現れです。